少年野球というブラック企業の疑似体験の話~少年編~
子供ブラックな少年野球の話
そこのお前は野球少年だった。
いや、野球少年と呼ぶにも中途半端だったかもしれない。
まぁ、小学生時代はたまたま少年野球チームに所属していた。
元々、野球をどうしてもやらせたかったのと集団に溶けこませることを覚えさせたかった父親の強い勧告と行動で入団することになった。
今ではこのことに感謝しているし、たとえ子供が嫌がろうとも社会で生きる上で高確率で必要になるであろう要素を学ばせようとした父親のことは素直に親として尊敬している。
が、その時は地獄だった。
何が地獄って練習がきついとか周りのみんなと仲良くなれないとかそんなことじゃなかった。
大人たち(コーチ陣)が怖かった。
さすがに暴力(まだ少しは残っていた時代)は滅多になかったが、精神論・根性論ベースの怒声・罵声・恫喝のオンパレードだった。
何かあると怒声を飛ばし、とりあえず暴言もセットにしておく。
あんまり因果関係のない結果と原因の結び付けも勢いと大人の威厳で押し切る。
いわゆる昔ながらの体育会系の“悪いところ”を凝縮したような空間だった。
まぁ1年生も含めた聞き分けのない子供をラクに律するという意味では効率的でシンプルなやり方だったともいえる。
。。。
とりあえず怒鳴って言うことを聞かせる。
それ以外にもちょっと思考力がつけば、目的が野球の技術の向上と直接関係ない理不尽があふれていることに気が付く。
試合や練習でよいパフォーマンスが出ないと気合が足りないのでランニング。
元気がないと根性が見られないので長くてありがたいお説教
打てなくても、走れなくても声さえ出ていれば、なんとなくあいつイイネ。
考えて夢中になっていても、集中していなくても、声が出ていなければやる気がないのでランニング
。。。
合理性・論理とか目的意識とかが少ない環境だったのは間違いない。
大人自体が子供を従わせれば勝てると思い込んでいるような集団だった。
ただ、みんなそのチームの雰囲気や掟に反しないようにしながら、気合と根性ありますアピールをする。
選手個人の課題ややるべきこと・必要なことの特定よりも“気合があれば結果はついてくる”論。
それも、大人たちは子供を勝たせるために全力で取り組んで苦悩していると信じ込んでいるところがまた恐ろしい。
今までそういう場にはあまり出る経験がなかった小学生のそこのお前には超絶激しいショック体験だった。
そういう意味不明の圧力に自分だけが狙われたとかいうわけではなくて、ただ単にそういうチームカラーだった。
他のチームでもう少し緩いところはあったが、とりあえずゴリゴリやるというのがマジョリティだったと言える。
やらせられる子供たち
そして、そこのお前はただただ怖くて、怒られないように普通にやっていたら何となくうまくなり、何となく定位置を掴んだ。
正直、心から野球が楽しかったと感じたことのある瞬間は数えるほどしかない。
野球自体は好きだったが、プロ野球選手になりたいと思ったこともなかったし、野球をやっているときに自分が自由かつ純粋でいられると思ったこともなかった。
確か、最初のころは父親にやらされているという気持ちでいっぱいだった。
そして、そこのお前が何となくでポジションとれるようなところだから、チーム自体もさして強くなかった。
小さい小さい所属地区でまぁまぁぐらいのレベルでいわゆる県大会や全国大会には程遠いチームだった。
野球エリートもいなければ、名指導者と言われるような人もいない。
自分よりうまい連中なんて星の数ほどいたし、ほかのチームからの注目を集めるほどではないそこそこの選手だった。
だからこそ、冷静に、何この大人たち?ってよく思いながら練習を凌いでいた。
大人になってようやくそれがクリアになった。
これについては下記の記事参照。
。。。
。。。
そして、そんな少年野球時代が本当に苦痛だった。
最初は土曜日になるのが憂鬱で仕方なかった。
ただただ苦痛だった。
そして、淡々とやった。そこそこ活躍もできたから心が折れないですんだ。
スポーツの中では比較的得意な方になったからたまたま中学も続けた。
野球に未来はないと知ってたけど、運動すること自体に意味があるという考えで一番できるからと選び続けた。
いつもとりあえず罰を食らわないように、目を付けられないように組まれた練習とトレーニングをこなした。
そして、高校で硬式野球までやった。
高校野球では意味不明なこともあったが、さすがにブラックとは思わなかった。
ただ、結果が出ない集団であることは間違いなかったが。
そして続けた。ただ淡々と。
最後までやる義務感と将来への投資という綱がそこのお前を繋ぎとめた。
野球で純粋にアツくなったことって思い出してもほとんどない。
ただ唯一、中学時代にバッテリーを組んでいたピッチャーが甲子園にベンチ入りし、その後も大学社会人と続けた子がいる。
少年野球の時は相性がよく打ちまくっていた子だったが、成長と共にとんでもないピッチャーになっていた。
彼の活躍を遠くから見る時はいつも純粋な気持ちになれた。
一方、そこのお前はあっさりと高校野球の夏が終わり、もともとそんなに燃えてもいない野球に対する気持ちは線香花火が落ちるように静かに燃え尽きた。
さすがに野球はもういいだろ。って。
甲子園の青春ぽい輝きを見るたびに心を打たれつつも、心の奥底の鈍い感情がもぞもぞと寝返りを打つ。
楽しいか楽しくないかでいえば今やってる草野球のほうがよっぽど楽しいし面白い。
なんだかんだ厳しかった高校野球まで続けた経験もそこのお前の大きな構成要素ではある。
今は少年野球から続いた呪いは消え去り、ただずっと20年続く野球好き(ちなヤク)となった。
野球において勝ち癖が付いてないからヤクルトファンでいられるんだと思う笑
敗けてもまぁいいかって思ってしまう。笑
|
が、もし少年野球のような環境を普通だと認識していたらと思うとゾッとする。
時代に淘汰されつつある化石のような文化の継承者になっていたかもしれないのだ。
少年野球=>中学のクラブチーム=>高校野球=>大学Or社会人野球と連綿と続く軍隊式統制の文化。
そういう意味では大学の野球部は非常に歴史があったが、本当に異世界のように違う。
ほとんどの人にとっては生きる上で必要がないシステムのため、一般社会に出た時に逆ショックを受けた覚えがある。
が、ある意味護身術にもなる。
そういう恐怖統制をしたがる人が会社にもいたり、実社会でかかわらなければならなくなった場合、ショックを受けずに済む。
そこそこのいなし方ができるようになる。
でも役に立つのはそれぐらいだ。
学んだことよりも学ばされたことが多いし、絶対にこうはなりたくないと思うような体験の連続を正当化するにはとても説得力が弱い。
そして、そこのお前は子供ながらに強く感じた。
環境選びこそが人生において最も重要であるということを
|
こういうショック体験を人にさせるのは偶然いい影響をもたらすこともあるが、明確に狙ってやっていない以上、ただのギャンブルと変わらない非常に危険なものであると思い知らされた強烈で印象的な原体験である。
今度は続きで大人から見た少年野球を書いてみる。
ではでは