【就活】ゲーム感覚で就活をした人の話【人生】
今日はちょっとしたエピソードを
「内定キング」と呼ぶにふさわしい就活の成功者がいた。
応募した企業の多くのところから内定を勝ち取った。
それも、誰もが知っているような押しも押されもしないトップ企業たちから。
まるで大会で獲得した金メダルが増えていくかのように内定の数は膨れ上がっていた。
そこまでの数の内定を獲得することは容易ではない。
どれぐらいすごいかをざっと計算してみる。
毎年、大学生で就活をする人数は約40万人前後と言われている。
その中で人気有名大手企業100社がそれぞれ毎年100人を取ったとする。
それでも1万人であり、全就活生の2.5%だ。
単純に全就活生が人気有名大手100社すべての採用試験を受けたと仮定した場合の倍率では100社の大手企業に内定を得るためには40倍の倍率を潜り抜けなければならない。
話はそう単純ではないが、例えば全就活生の内、上位10%層(旧帝大・早慶等)で100社の全枠を争ったとしても4倍(確率25%程度)の倍率になる。
(ちなみに厚労省の統計では昨今の第一志望企業内定率は3割程度と出ている。それに鑑みてもおおよそかけ離れた数字ではないと言える。)
これを複数の企業内定で5個と仮定すると25%の5乗。
確率は1%を切る。0.1%だ。
つまり、有名企業100社の平均倍率を4倍と仮定し、そのうち5社から内定を得ることができるのは1000人に1人という計算になる。
もちろん全員が大手100社すべてを受けるわけではないので、多少の倍率のブレはある。
それに、抽選のような無作為試行ではないので、大手企業に内定する人は他社でも内定しやすい傾向はあるが、彼の場合は特に倍率が高いと言われる企業が揃っていた。
仮に上記の数字で行くと、就活生40万人で当てはめれば0.01%、1万人に1人の逸材だ。
ちょっと雑な計算ではあるが、それぐらい難易度の高いものだと思ってほしい。
そんな彼の出来っぷりにはそこの前も強い期待と応援心を抱いてしまうぐらい楽しみに見ていた。
事実、何より彼は圧倒的に優秀だった。
その気になって努力すれば、ほとんどの高い壁を乗り越えることができる自頭のよさと継続する強さがあった。
それだけでなく、明確なゴール設定に対して、それに何が必要かを見抜く嗅覚と必要な要素に特化して自分自身を磨き進化させていく柔軟性が尋常ではなかった。
人に合わせるのも非常にうまいが、同時に自我や自分の中での芯や価値判断基準もきちんと持ち合わせた男だったので、成長の伸びしろにおいて多くの人が強い可能性を感じる人間だった。
年齢にかかわらず、優秀な人間であることは間違いなく、彼が企業からドラフト一位的な勢いで内定をもらうことも驚かなかった。
その一方で、彼はどこか就活をゲームのようにとらえていた。
マメなOB訪問や説明会への参加、丁寧で隅々まで行き届いた業界研究、大学課外活動で培ったプレゼン能力。
それらをフルに活用して、有り余る才能と実力を就活というゲームに悠々と注ぎ込んでいた。
「内定」を勝ち取るために。
そして、彼は悩んだ。
得た内定の中からどこの企業に行くべきかを。
非常にぜいたくな悩みである。
多くの希望者を差し置いて、彼は一人が手にするには十分すぎる数の内定を勝ち取っていた。
ある企業からはドラフト一位的な幹部候補にしたい旨特別に伝えられたこともあるようだった。
だが、就活はプロ野球のドラフト会議のようにどこか1社が独占交渉権を得るようなシステムにはなっていない。
入りたい側が選択するのだ。
このぜいたくな悩みにうらやましさを感じつつも、就活中はそこのお前が前々から相談を受けていた中で、一貫してこのメッセージを伝え続けていた。
会社がやっていることと会社の中で個人ができることは違う。
自分自身の才能やポテンシャルを最大限活性化できると自分で思える企業を選べ。
と
当時彼はその言葉をわかったふりをして流していた。
彼がそれを本当に理解するようになったのは残念なことに入社後であった。
それ以外、あまり深くは立ち入らなかったが、最後まで悩んだ挙句、彼は選んだ。
日本を支える誰もが名前を知っている素晴らしい企業を。
待遇・規模・安定性・ネームバリューすべてにおいて日本トップクラスの企業だ。
ただし、言い換えると、ビジネス自体が持つ魅力と安定性がとてつもなく大きく、仕事や中で働く人間がその価値を引き上げているかというと必ずしも直結しない別の話である。
そして、彼とは定期的に会いながらその活躍を楽しみにしていた。
あっという間に数年がたち、彼は入社後に、様々な業務を歴任し、仕事も板についてきたころ、こうこぼした。
「仕事はつまらないです。ただ毎日淡々と業務をこなし時間が過ぎるのを待ち、定時になればすこし時間がたつと先輩が飲みに連れ出してくれるのでついていくだけの日々です。今では当時頂いた言葉の意味がすごく理解できます。」
と
決して、窓際や他の社員と比較してしょぼい仕事に追いやられているわけではない。
ただ、彼には余裕すぎるのだ。
彼が入社して担当した業務は彼の持つ強みを発揮させることを要求する類のものではなかった。
それでも彼はよい評価を得てきただろうし、周りからの評価が高いことは想像に難くない。
だが、彼にとって最も適した場所だったかという問いについては彼自身からも疑問符が付く。
実際、彼は競争が得意だった。負けず嫌いなのと、他よりも上回ることに対して、情熱を燃やすことができるタイプだった。
学校の成績・ゲーム・大学の課外活動・就活。
彼は競争があったら、最初に苦しんでも、最後には必ず素晴らしい結果を残そうとするメンタリティと実力の持ち主であった。
ただし、就活に限ってはそれが暴走した。
本当に自分がやりたいこと・選びたい選択肢とは別に、内定という獲物を狩るために、企業が求める人物像に自分を寄せすぎてしまったようだ。
これに無自覚のまま就活を終え、企業選びという段階に入った時に、これだけ贅沢な選択肢の中での彼の判断材料には「自分」が十分に入っていなかった。
いつしか、会社がやっていることと会社の中で自分ができることとの差を認識することができなくなっていたようだ。
そして、こうも続けた。
「給料は正直他の会社よりもずっといいし、将来も明確で福利厚生も抜群にいいので安易には離れられない思考が働きます。」
と
実際、日系企業の最大手であるがゆえに、非常に安定した年功序列制度と雇用形態で、あらゆるリスクが低く抑えられているため、正直、何一つ不自由などない。
(※会社がなくなるリスクもないことはないが、正直、日本で企業が順番になくなっていくとしても本当に最後の最後まで残るレベルの会社である。)
同時に、成熟した市場での強い立場に基づくビジネスをベースに経営される会社において、彼の持つ実力をいかんなく発揮させ、最大化させるための用意はなかったのである。
すでに彼は人生がどのようにして70歳程度、そしてその後まで進行していくかをなんとなく悟り、そこに大幅な刺激や変化がないことを予期している。
現時点では自分の努力で何か人よりも優れたものをつかみ取れるかどうかという取りしろがあまりにも小さく、会社の安定軌道とがっしりした基盤の中でゆっくりと時間をかけてい育成される。
いずれ、昇進の枠を争うにしても、ずっと先の話なのだ。
そして、彼はこれから自分でさらにもがき苦しまなくとも、人生がすでに安全な高度に達したことを肌で感じている。
それでも、どんな市場にも何が起こるかわからない世界でいくら安定していても何か変化し続けなくてはならないという漠然とした危機意識がざわつくこともあるが、そういったことも日々の安定に埋没する。
彼は仕事の大半において、何か燃えるようなモチベーションを持たずに生きている。
彼が彼のオリジナリティを発揮し、強く輝く場所はほとんどないのだ。
それでもお金がもらえるならいいし、無理せずして生活が安定するなんて、今の日本の若い世代ではそう多くない恵まれた立場なのだから、欲張るなという考え方もある。
ただ、そこのお前は彼を間近で見ながら、本人の目から輝きが失われていく様を聞いて、やはり強く感じた。
もっと輝くべき才能がくすぶってしまうことのもったいなさを。
個人の頑張りと得うる報酬が本質的には比例しない残酷さを。
個人のやりがいと人生の安定の両立のむずかしさを。
新卒一斉就活の影の恐さと環境選びの難しさを。
安定すれど刺激のない日常を送る人の葛藤を。
それでも、そこのお前はまだ楽しみにしている。
彼が本来の輝きを取り戻し、バイタリティ溢れる生活に身を投じ、彼自身、彼の周囲、ひいては社会に貢献する日が来ることを。
それをワクワクしながら聞く日が来ることを。