そこのお前の外資系勤務と与太話ブログ

凡人が行く外資系企業勤務やキャリアの与太話や裏話。緩いのと辛いのまぜまぜ。人見知りやビビりだって人生案外イケるじゃんって思ってもらうための与太話。毎週月曜・水曜・土曜日更新予定

緊張がなくなった途端に思考力が低下した話

緊張がもたらす人生の充実感

 

そこのお前は一時期、仕事におけるプレッシャーが完全に抜けた時期があります。

非常に短い期間ではありましたが仕事において一息つくという状態です。

 

それまでは若手としてキャリアを積む過程でどんどん挑戦をしなければならない立場でしたので、年々強くなるプレッシャーに戦いを挑み続ける日々でした。

 

乗り越えるために努力する充実感や挑み、成し遂げた達成感はそれはそれで素晴らしい感覚をそこのお前にもたらしてくれました。

 

常に負荷をかけること日々が普通でしたが、ある日、体から重いトレーニング用ウェイトを外したようにフッと軽くなった時期がりました。

 

欧州の仕事にめどがつき、日本に帰るまでの時間を待つ日々

 

欧州でもそこそこ烈度の高いプレッシャーを常々感じながら仕事をしていたこともあり、急激に解放されたこの空白の期間に自分自身のバイタリティのやり場に困りました。

 

とは言ってもこのブログの記事を大量生産したのはその時期でした。

今考えるとキャリアや人生について整理をする上ではまとまった時間があるありがたい状況だったと思います。

 

考えていたことを整理・統合し、文章としてアウトプットするために潤沢な時間をもらえました。

 

それぐらい貴重な時間でしたが、期間限定であることが救いでした。

 

同時に、無限に続くと考えると嫌だなぁなんて鬱屈としていました。

むしろ、このまま何もプレッシャーの無い日が続くとハリのない日々になって充実感を失ってしまうんじゃないかとも思いました。

 

日本帰国後はこれまで以上に強いプレッシャーと隣り合わせになることを考えると「まぁこの時間ぐらいいいじゃん」と心の中で割り切っていたわけですが。。。

 

会社側からしたら何考えてんねんという話ですが、まぁぽっかり間ができてしまった偶発的な現象でした。

 

非常に稀なケースですが、以下の事情が重なりました。

 

海外勤務だったため、日本側の目の届かないところにいた。

海外側も帰ってしまう時期が見えていることから新しい仕事がほとんどなくなった。

帰国後の内示が出る前の為、誰にも言えず、内にとどめておく必要があった。

欧州での仕事自体が帰国後の評価に影響することがなくなった。 

上記4点により、プレッシャーのかかる緊張感のある仕事が一時的に消えました。

 

この時期に限っては目標や燃える心も仕事時間には存在しなくなりました。

約2か月程度でしたでしょうか。

 

これにより、自分には変化が起きました。

 

思考力の低下(鈍化・浅化)

やる気の低下

幸福度の低下

 

人からは仕事人間といわれるかもしれませんが、これが現実でした。

 

特に幸福度の低下には少なからず驚きました。

何をやっているんだろう・・・なんて思う日々でした。

 

むしろ仕事に追われ、過重残業していた時期は頃の方がツライはツライものの、毎日の時間を使う意義に疑問は抱きませんでした。

 

全力で働くと迷わずに済んだ

 

自分のやっていることが将来を支えるし、問題ないと信じることができていました。

 

同時にあれほど何も仕事に波がない平穏があったらなぁなんて思っていました。

が、いざそれを手にしたら逆に自分自身に自信や誇りが持てず、幸せとは言えない状況に陥りました。

 

いくら仕事がゆるゆるでも週5日、一日35時間は最低でも働かなければなりません。

この状況が実はつらく、仕事を引き延ばしてゆっくりやっても十分すぎるほどに間に合う状況がもどかしかったわけです。

 

欧州には友達が多いわけでもなければ一緒に住んでいる家族がいるわけでもありません。

という意味ではヒマを持て余していました。

 

日本時代に夢に見た自由時間を潤沢に手に入れたわけです。

が、プライベートでやりたいことがあっても、それを業務時間中に大っぴらにやることはさすがに難しいです。

 

故に仕事の時間は何もしていない無能感や焦燥感とストレスがたまります。

いろいろ日本に帰った後のことを考えたとしても実際に行動できるのはまだまだ先の為、動き出せないフラストレーションがたまります。

 

別に誰かに怒られているわけではありません。

仕事は安定して回せています。

何か具体的な不利益があるわけでもありません。

 

人生の時間を無駄にしている感覚

 

この時間で必死に努力しないことでちょっとボケてしまうんじゃないかとか弱くなってしまうんじゃないかと思っていました。

 

全く自由な環境に放り込まれたら放り込まれたですべてから解放されたと思うのは間違いでした。

 

でも、それはそうだと思った。

だって、引退したシニア世代たちが全員幸せそうに過ごしているわけではないように。。。

社内失業状態が終身雇用状態であってもメンタルに悪影響を与えるように。

 

シニア鬱や社内失業は昔からある話です。

仕事ばっかりやってきた人が急に引退した後にバイタリティのやり場所を失い、鬱になってしまうとか、社内で何もない時間をひたすら過ごすことで心が無になるといった現象です。

 

だから、何も緊張のない自由を手に入れたからと言って幸せになるとは限らないのです。

 

結局は、自由を手に入れて何をするかなのです。

 

それはお金を手に入れて何をするか。

という問いとも同じです。

 

実は自由になった時にやりたいと思っていたことが実はそんなに強くやりたいというわけではなかったわけです。

ちょっとやったら満足するぐらいのものばかりでした。

 

まぁ、つまり今までのプレッシャーから解放されたいという思いはただの逃げだったわけです。

確かに、プレッシャーをいったん気にしなくていい束の間の休みだけは自由を謳歌している気がしました。

 

が、完全な自由は短くて十分だと思い知らされました。

 

いかにアイスクリームやケーキが好きでも主食に替えてそればっかり食べていられることはないんだなぁなんてしみじみ思います。

 

人によって必要と感じる時間に差はあるでしょう。

ですが、ずっと休んだままでいいということもないようです。

 

「実は自由な時間の使い方を知らない」という怖さ

そのことに気が付かないままに打ち込み続けると急に自分自身の火が消えた後には何もない状況ができてしまいます。

 

完全な自由時間の使い方で人生の大部分が変わるはずなのですが、今はそれをフルに活用できているとはいいがたかったです。

なんとなくキャリアの黄昏時を疑似体験したような時間でした。

 

たまたま、この境地を味わいました。

将来、会社やキャリアに限界が見えた時にも同じことを感じるんじゃないかと思います。

 

そう考えると、そこのお前はこれから引退を迎える父親世代に対策を問いかけたいなぁと思います。

 

趣味を見つけたり、何か社会貢献する使命を見つけたり、あり方は様々ですが、何かしら持って欲しいものです。

より長期的で継続的な自分自身の心を投資する何かを。。。

 

残業もプレッシャーもない世界で、人生には緊張と解放のバランスが必要ということを身をもって体感しました。

強い緊張を伴う時間と緊張をオフの時間。

 

どちらかだけでは人生は破綻してしまうようです。

 

自分自身が自由に時間を使っていいという状況に慣れていなかっただけですが、早く気が付けて良かったと思います。

 

極端な話、No緊張、No Life!のようです。

 

これからしばらくはこんな時間を得ることはないでしょう。

 

ですが、2回目にそのチャンスを得た時はもっとうまく時間を使えるはずだと思います。

 

何よりそんなフワッとした時期に始めたこのブログを書き続ければいつかブログが自分を支えてくれる日が来るんじゃないかと信じています。

 

ほいでは!